銀河徘徊記(2004年1月管理人雑記)

当サイトは、[XHTML 1.1]でマークアップし、全装飾をCSSで行い[JavaScript]を使用しています。

銀河徘徊記

Supplement

Archive » Notes[LOG:2004/01]

管理人雑記ログ(2004年1月)

雑記  2004年1月1日(木)  新年ご挨拶

皆様方のおかげで幣サイトもなんとか新年を迎えることができました。

グウタラな管理人に様々な形でお付き合い頂いた方々に対し感謝の念で一杯でございます、その想いを形としてお届けできないのが誠に残念ではありますが、目標 1,327サイトに向けてより一層精進いたす所存でございますので今後とも宜しくお願い致します。


サイト開設依頼、自己満足を謳いながらそれが実現できていない何かしら不明瞭な自己矛盾を感じながら運営を続けて参りましたが、最近ある方とメールをやりとりをさせて頂いた折にようやくその矛盾に気づくことができました、新年を迎えるにあたり幣サイトの運営スタイルを明確にし、心機一転出直しを図りたいと思います。

幣サイト開設の原点は「サイト閲覧を通じてその裏にいる管理人さんの様々な人間曼荼羅を記録する」であったのです、その人達の人生観や価値観、またそこから生まれる行動など、表現は不適切かも知れませんがいわばサイト管理人ウォッチングを目指していたはずでした。

今までは、縁あって閲覧したサイトでありながらその全てを幣サイトに掲載してきたわけではありませんでした、ここではその具体的な非掲載理由を述べることは致しませんが、しかしながらその理由の多くは私の取るに足らない自尊心であったり、幣サイトの訪問者に対する私の意味の無い見栄であったのは事実でございます。

これは私が目指したものとは全く違うものです、はなから幣サイトを自己主張の場として捉えていなかったはずなのに、いつのまにか私のエゴが顔を覗かせていたわけです。

閲覧サイトを掲載する体裁は従来通りですが、これまでに比べ多少ご紹介するサイトの雰囲気が変わったとの印象を受けられるご訪問者もおられるかも知れませんが、それらも含めて幣サイトの真の姿と思って頂ければ幸いです。


あんなぁ、おっちゃん、ゆうてる事は殊勝に聞こえんねんけど、雑記の日付と実際の更新日が何で違うねん!
「やっぱりあんさんも気ぃつきましたかいな、いゃぁこれはでんなオッチャンもいっぱしの社会人やし、家庭ちゅうもんもありますよってに、まぁ年末年始はなにかと忙しいんですわ。そやから早いうちに更新しとこと思いましてん、正月も三が日過ぎてから更新したら切りも悪いし、やっぱり間延びしまっしゃろ?」それにしても、あんさんも細かいこと言いはりますな。
しゃーないなそれは大目にみたるとしても、そんなあるがままとか、見たままサイトを紹介するゆうてええんか?  おっさんにサイトの良し悪しは判らんやろけど、アクセス欲しさにはっきり嘘と判るような事を書いてあるとこや、サイトの作りが幼稚で見難いとこもあるやろ。
「いゃいゃ、そんなことはオッチャンの役目やあらしまへん。  だいちそんな気負いが、わたいの首を絞めてきたんですがな、やっぱり人間は分相応にせなあきまへん、そのへんのことは見る人にまかせまひょ。」
相変わらず逃げうつんはうまいな、煮ても焼いても食えんおっさんや、このへたれサイトにくる人も気ぃつけなはれや。

新年を飾るには誠に相応しくない話題で恐縮ですが、最近の政治屋や役人の発言を耳にしたり、活字で見るにつけ「語るべき自分の言葉」を持たない人間が際限なく増えてゆく傾向にあるようで、そのような事態が招く結果を大変憂慮しております。

特に政治に携わる人間にとって自らの信念や理想を自分の言葉で語ることが出来るか否かは、政治家と政治屋の分かれ道でもあると思う私には、自立国家の元首が国民に向かって言い放った「国際協調」や「人道支援」「復興支援」等のフレーズが私の頭の中で虚しく響いております、早晩イラクに派遣される自衛隊員の立場で考えてみれば本当に最高指導者が信念を持ってそのように考え自分たちを送り出そうとしているのか疑問を感じるところでしょう。

よく世間では理想を語る人間に対して「青臭い理想論者」とか「現実に目を向けない逃避考」と揶揄しがちですが果たして本当にそうなのでしょうか?

いったい「理想」とはなんでしょうか、私は「理想」とは目指すべきものであると思っています。

「清濁併せ呑む」といった体裁のいい言葉で現実を無条件に肯定することなど私に言わせれば馬鹿でも出来ることです、現に私は歳を重ねる程に「現実との折り合いをつける」と言葉巧みに安易な行動や発言を繰り返し馬鹿街道まっしぐらの体たらくなのですから。

目指すべきものを持たない人間に未来は必要でしょうか、一夜にして理想が実現することなどありえませんが、少なくともそのための努力を惜しまない人達には賞賛があってしかるべしであり、努力する姿勢や行動を嘲笑するような人間が無限に増殖してゆくという状況は「人間という生物種に未来は必要ない」ことを象徴しているように私には思えてなりません。

 SpaceHistory 2004.1.1  Refre 

雑記  2004年1月20日(火)  リニューアル

私は今月31日で以前のサイトから数えるとサイト管理まる3年になります。

前回中途半端に終わったHTMLやCSSの見直しを行うにあたり、3年の経験の全てを注ぎ込んで私のWebSiteに関する知識の集大成として出した結果が今回のリニューアルです。

結果が妥当なレベルか否かについてはさておき、これで憂い無くサイトの閲覧に邁進できます。

まる3年でこの程度かいな? 見る人が見たらツッコミ所オンパレードやろな〜
まぁオッチャンもそう思うわ、特にCSSはなぁ………

 SpaceHistory 2004.1.20  Refre 

雑記  2004年1月23日(金)  音楽今昔

人間歳を取ると音楽からだんだん離れて行く傾向があると、ものの本で書いてあった事を思い出しましたが、どうも私にはピッタリ当て嵌まるのですが、一般的にはどうなんでしょうか。

私の青春時代の音楽といえばBeatlesを筆頭に日本や外国のGroup soundsやFolk songなど60年代から70年代の歌や音楽です、未だに我が家の物置には当時のSingleやLP盤が数多く眠っておりますが、思い出しては口ずさむような当時の歌が出てきません。

若い時はそれなりに友達と一緒になって騒いでいましたから、元々音楽や歌と疎遠であった訳でもありません。

私の中では音楽や歌には2種類あると思っています「耳に響く音楽や歌」と「心に響く音楽や歌」です、どうやら私の青春時代に聞いていた音楽や歌は「耳に響く音楽や歌」のようです。

若い時は「心に響く音楽や歌」は必要もなく又聞いていても判りませんでした、「耳に響く音楽や歌」で充分活力は得られ造作もなく躁状態になれましたから、しかし歳を取ってくると「耳に響く音楽や歌」は右から左へと通り抜けてしまい心に残らなくなって参ります。

過日台湾に行った折、現地のガイドさんが母国が生んだアジアの歌姫「ケ麗君(Teresa Teng)」の話をしていました、私の相方と誕生日が同じで少なからず話が盛り上がったのです。

ケ麗君さんは日本では70年代後半から80年代の中頃まで活躍され、その悲劇的な末路と併せて私もよく覚えています、彼女が日本で絶頂期の頃はそうでもかなったのですが、近年その歌を聞くと「心に響く音楽や歌」という表現がしっくり来るように思います、彼女にとって日本語はそう簡単ではないはずなのにヘタな演歌歌手顔負けの歌唱力に今更ながら驚くばかりです。

「歌は世に連れ、世は歌に連れ」と申しますが、皆さんが今聞いている「音楽や歌」の10年先20年先、いや30年先のことを想像してみませんか、新たな発見があるやも知れませんよ。

まぁえらい年寄りじみた話題やな〜、今の若いもんにそんな事ゆうてもせんないことやと思うけど
これはな、何も歌や音楽に限った事やあらへんねん、近頃の若いもんの行動みてたらセミやカゲロウみたいに生き急がんでもええやないか、先の事も考えて行動や発言をせなあかんやろ、動物やあるまいしチョットは人間らしい生き方を考えなあかんで、とまぁ、「成人式」をみてて思たんですわ。
まいど偉そうに、そらオッサンの若い頃はリッパやってんやろな
あんたえらい皮肉をいいはりますな、おっちゃんは立派やったなんてよう言わんが、言ゆうてすまんがこんなひどい事はなかったで、ほんま一部のバカ造だけの話やけど。

 SpaceHistory 2004.1.23  Refre 

Since 2003.9.1

銀河徘徊記Archive » Notes[LOG:2004/01]

©2003-2007 [銀河徘徊記] All Rights Reserved.