銀河徘徊記(2004年10月管理人雑記)

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銀河徘徊記

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管理人雑記ログ(2004年10月)

雑記  2004年10月 4日(月)  痴呆状態

今回の旅は無事何事も無くとは参りませんでした。

初日からトラブル発生でてんやわんや、まぁ結果的には予定どおり帰国できたのでいい思い出になりました、僅か10日間ほどの現実逃避でしたが只今浦島太郎の気分。

社会復帰したものの、何をしてよいやら何をすべきなのやらさっぱり思いつきません、まさに失われた10日間。

ということで、トラブル顛末はまた後日。

 SpaceHistory 2004.10. 4  Refre 

雑記  2004年10月 6日(水)  トラブル顛末

Exodus_Vol[6] スイス[Switzerland]。

初日関西空港の出発ロビーは夏場の海水浴場の如き人・ヒト・人でごった返していました、国際線ゲートは南と北二箇所あるのですがどちらも朝9時で既に3重の列ができています、「こりゃ搭乗ゲートに着くまでに2時間近くかかりそう」とげんなり。

予想通り搭乗ゲートに到着したのは出発15分前、数百メートル進むのに1時間30分を費やしこの時点で相方は既に不機嫌モード90%、「いつもなら免税店をゆっくりチェックしブランド品を物色し、コーヒーでも飲んでゆったりと搭乗ゲートに向かっているはずなのに」といわれの無い非難の矛先は私に向かう…。

しかしとにもかくにも着席、今回の便はフィンランド航空、関空−ヘルシンキ−ブリッセルと乗り継いでジュネーブに到着する予定……順調に飛行を重ねるもヘルシンキ到着30分前に突然の機内放送、曰く「ちょっと飛行機の調子が悪いさかい、近所の空港に降りて修理しますよってに堪忍な」おりしも後部座席付近から焦げ臭い異臭が漂ってきました、そして激しい揺れ「あ、あかん、落ちるかも知れん」

空港

うろたえる私を尻目に悠々とKUOPIO(コーピオ)空港に着陸。

緊急車両

ぞくぞと集まってくる消防車や緊急車両。

今思えばあの激しい揺れは下降速度がいつもよりかなり速かったので揺れたのでしょう、しかし冷静な判断が出来ないからパニックに陥る訳でして、慌ててメモ(遺書?)を書こうと紙を探しまくったのを思い出すと我ながら情けなく、とんだ失態を晒してしまったもんです。

乗客

慌てて降りる乗客達。

駐車場

駐車場以外なんにもないローカル空港。

この後修理を試みるも所詮メカ素人のクルーでは無理と判断(この間1時間)、ヘルシンキから専門スタッフを呼び寄せることに…1時間後修理スタッフ到着、しかし1時間経過するも進展なし。

この段階で短気な私は日本に帰りたくなり添乗員に交渉しましたが「まぁそんなこと言わんと、もうちょっと辛抱して」と言われ不承不承ベンチでふて寝(こんな言い分が通るはずがない)

更に1時間経過、結局修理スタッフでも手に負えず飛行機は放置プレイ。国内線(コーピオ−ヘルシンキ)で乗客を小分けにして運ぶことにしたらしい、私達のツアーは3機目でやっと乗れるらしいのですが3機目は1時間50分後って…現地時間PM8:20に3機目が到着、そくさと乗り込んでヘルシンキに向かいなんとかPM9:00に到着しましたが、コーピオで都合6時間近く待たされた勘定になります。

もちろんジュネーブに向かう乗り継ぎ便は無く「申し訳ないのでチャーター便を出します」などと殊勝な申し出も無く、エアポートホテルに宿泊することになる。

空港からホテルまでバスで20分程でありながら、ホテル到着はPM10:00、添乗員から「明日AM7:20発の便でジュネーブに向かうのでAM:4:30にホテルを出発して下さい」と言われた時は流石に頭の中で(ブチッって音が3回ぐらい聞こえました)「ええ加減にしてくれ」と添乗員に文句を言おうとしたものの、こればかりは添乗員に言っても仕方の無いこととグッと我慢したのですが、追い討ちをかけるように「荷物は別便で送られてくるのでホテルに荷物が届くのは12:00前後になります、 ポーターが居ないので各自で自分の部屋まで持っていって下さい」ここまでくるともう文句を言う元気もなく意気消沈。

新聞

翌日の機内にあったヘルシンキのタプロイド紙。

私と相方

コーピオ空港で暇つぶしに写真を撮っている私と相方。

私達が乗り合わせた便には、バルト三国や北欧三国、ドイツ方面のツアーなどおよそ100人ほどの日本人ツアー客がおりました、東洋人など殆んど居ないローカル空港で大勢の日本人がいてビックリしたのでしょうが、よりによって私達夫婦の写真が載せられていようとは、いやはや参りました、せっかくなので記念に持ち帰りました。

初日のドタバタを振り返ってみると、機内サービスなんかはどこの航空会社でも似たり寄ったりですが、それ以外のサービスについては日本と外国では雲泥の差を感じます、おそらく日本の航空会社であれば間髪を入れず代替機の手配をするかチャーター機を飛ばすぐらいはするんじゃないでしょうか、緊急着陸後もさしたる情報も知らせず、お詫びの一言を言うでもなく、乗客をほったらかしにして知らん顔、まぁ外国ではこれが当たり前なんでしょうが。

ヘルシンキの空港からホテルへ向かう時も、バスが到着する間クソ寒い乗り場(外気温8度)で30分以上待たせるわ、やっとこさバスに乗り込んでもバスが動かない、運転手に聞くと出発時間が決まっているので後10分しないと発車しないとのたまう、バスは立錐の余地も無く乗客で溢れてこれ以上誰も乗れない状態なのに、あほな運転手「臨機応変」という概念が欠落しているようだ。

フィンランド航空の方へ「おとなしい日本人ツアーで良かったですね、中国人のツアーなら暴動が起きていたかも知れませんよ」

愛煙家の方はご注意「ターボガスライター」関西空港でのチェックは難なく通過したのにヘルシンキ空港のチェックで×もうちょっとで取り上げられるところでした、ガスを抜いて事なきを得ましたが、日本人がターボガスライターでハイジャックする可能性なんてあると思っているんでしょうかねぇ?。

規則とはいえ、運転手といい空港警備員といいなんと杓子定規なフィンランド人。


散々な目に遭ったにも拘わらず、来年2月にExodus_Vol[7] タイ[Thailand]を予定している私は懲りないオヤジです。

 SpaceHistory 2004.10. 6  Refre 

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